軍艦島と長崎と沈黙

軍艦島全景

2泊3日で長崎へ行ってきました。
面倒くさがりで、旅に出ても行き当たりばったりだったのが、今回は事前に下調べをしたので、かなりのハードスケジュールとは云え、濃密な時間を過ごしました。

相方さんのリクエストにより、長崎へ行く事になった訳ですが、丁度、その時分に遠藤周作の『沈黙(新潮文庫)』を読んでいたのと、元々、軍艦島に興味があったので、ではと云う事で、生まれて初めての長崎へ。

Day 1:
長崎空港から市街に到着し、30分くらい後にはもう長崎の街に魅了されていた気がする。
山の斜面に建てられた家々の風景に圧倒されて、よーく見ると、一軒一軒が、妙にお洒落な作りだったりする。
1970年代っぽい様な雰囲気と、洋風、和風が積み重なる様に混じり合って、上へ上へと伸びていく様は、横浜あたりともどこか異なる風景。
周りに山がない地域に住む自分にとってはなんとも不思議な光景でもある。
どんな街に住んでみたいと聞かれたならば、自分としてはこう云うところなんだなと思う。

初日は、出島あたりから、観光通り、眼鏡橋のある川沿いを歩き、サント・ドミンゴ教会跡を見て、歴史民族博物館横の防空壕へ。そこからお目当ての一つであった、日本二十六聖人殉教地へ。
今思えば、路面電車でさっと行けば良かったのだが、無駄に歩いた末に到着。
日本二十六聖人殉教地 1
日本二十六聖人殉教地 2

背教を迫られた切支丹の人々の、苦痛と苦悩は想像を絶する。
この地で悲惨な殉教があった事実と目の前の美しい景色に何か切なさすら感じる。
『沈黙』の中のキチジローのわめきを思い出す。

「この俺は転びものだとも。だとて一昔前に生まれあわせていたならば、善かあ切支丹としてハライソに参ったかもしれん。こげんに転び者よと信徒衆に蔑されずすんだでありましょうに。禁制の時に生まれあわされたばっかりに・・・・・・恨めしか。俺は恨めしか」

苦境に立たされた時に自分はどうするだろう。キチジローの様な弱い人間を蔑む事はできない、自分だってそうかもしれない。先の地震で真っ先に逃げた人や、買い占めに走った人々をも責めてはいけないのかもしれない。そんな思念に捕われつつ、殉教していった切支丹の人々にはただただ、頭が下がる思いである。

それから気分を変えて中華街へちゃんぽんを食べに行くも、どこも準備中。仕方がないので、名物の角煮まんじゅうを食べつつ、大浦天主堂へ。
大浦天主堂

日本二十六聖人に捧げられたと云う、日本最古のキリスト教建築物は原爆でも焼失しなかったとの事。
内部の作りも素晴らしく、キリシタンでなくとも懺悔したくなる様な雰囲気だが、生憎、教員を含めた修学旅行生のマナーの悪さにより、気分を害される。が、神の家なので、程々に押さえる。

それから、大浦天主堂のすぐ上にあるグラバー園へ。
スカイロードで上に行くと、長崎市街が見渡せる絶景。東山手も長崎港もよく見える。来て良かったとしみじみ思った。
東山手
長崎港

初日の締めは長崎最古の喫茶店と云われるツル茶んにてトルコライスを頂く。歩き過ぎで既に足やら腰やらに激痛。出発する前に関東は肌寒かったのに、こっちへ来たら真夏の様で、その中を歩き回ったので疲労は倍であった。

Day 2:
2日目は一番のお目当てである軍艦島(端島)へ。
が、メインイベントの前に、まさかのハプニング。何気なく写真を撮ろうとした瞬間にiPhoneが落下し、見事なまでにガラスが破損。気分を持ち直すのに時間がかかる。と云うか今もiPhoneを出す度に憂鬱になる。
iPhone3Gのガラス破損

無惨なお姿…。
どちらにせよ、iPhone5待ちだったから、よくもまぁこの時期まで3Gで保ってくれたと云うべきか。
なんでも良いから早く発表して欲しい。

とにかくもかくにも軍艦島クルーズ船”ブラックダイアモンド”に乗船し、いざ軍艦島上陸ツアーへ。
こちらの船が一番早い上に、途中の高島にも上陸できるとの事で、いささか船酔いを心配していたので、まよわずこのツアーをチョイス。
ガイドしてくれた、いい男風なおじさんはかつて軍艦島に住んでいたらしい。
海底炭坑で栄えた島と云う漠然とした知識と廃墟興味で今回訪れた訳だが、国のエネルギー政策の転換によって離島を余儀なくされた人々、緑のなかった炭坑の島から無人になったおかげで緑が増えた現状などなどの訴えは胸を打つものがあった。かつては繁栄し、自分や島民の普通の生活があった島を廃墟目当てで来る観光客、それを観光資源にしている者側としての複雑な胸中も伝わってくる。
ガイドさんは声を大にして云う、国のエネルギー政策によって福島でも同じ様な事が起こっているのだと。
軍艦島 1
軍艦島 2
軍艦島 3

あっと言う間の2時間のクルーズから戻ってくると、顔やら腕やらが、日焼けしまくりである。
腹ごしらえにようやくの長崎ちゃんぽんを中華街で頂く。それから早々に浦上方面へ。
平和公園へ訪れた後に浦上天主堂へ。
浦上天主堂 2

被爆マリア像を始め、原爆によって被害を受けた数々のものが、実に生々しく保存されている。教会堂の横の広場で子供達と喚声を上げながら遊んでいるシスターや、売店の大変にやさしい顔をしたシスターに打たれた心を和まされる。

そこから、原爆資料館へ行った後に、長崎原爆落下中心地へ。
原爆を落とされる前の浦上天主堂の遺構は凄まじい。
浦上天主堂 1

すぐ側には長崎原爆落下中心地碑。1945年8月9日 午前11時02分に500m上のこの空で原爆が炸裂した。
長崎原爆落下中心地

神の沈黙と云うテーマがここでも考えさせられる。
被爆された方々には非常に心を痛めるが、昨今の原発反対運動の流れに疑問を持っている自分もいる。現状の日本に抑止力がなくなった時の事を考えると、どうしても理想論だけでは片付けられない。福島の事で、感情的になるのは仕方ないし、軍艦島同様、国の怠慢によって故郷を離れなければいけない沈痛な様は、当事者ではない自分でも少しは分かる。だが、この資源の乏しい日本で、周りの物騒な国々とも付き合っていかねばならぬ事を考えると、結論は簡単には出ない気がするのだ。しかし、今回の旅でより深く考えるきっかけは与えられた事は確かである。

それから被害を受けた山王神社と一本柱を見に行く。爆心地からほど近いこの地にそびえ立つ楠の生命力の強い事に感動する。
本日も歩き続けでぐったりしていたが、気合いを入れて稲佐山へ。薄暗がりの中、ロープウェイで頂上の稲佐山公園へ。日本の3大夜景の一つなのだそう。確かに山の斜面から落ちて下にたまっていく様な街のあかりが素晴らしい。
長崎夜景

が、どうも最近高所恐怖症がひどくなっている様子。そこらの階段の昇り降りだけで足がすくむ事も多いので、相当な冷や汗をかく。
ようやく地面に着いた後、アーケード方面を食事処を探すべく、うろうろする。雰囲気が良さそうな店ばかりで悩みつつ、トルコライスの元祖のお店に辿り着くも店じまいとの事。この時点で20時半くらい。そこらのお店もどんどん閉まっている。仕方なく海辺の出島ワーフへ行き、最終的に何故か浜勝のとんかつで夕食。こちらの方はやっぱり薄味なようで、ソースが関東のこってりしたのとは違う。美味かったけど。それから何故かこっちのコカコーラの500mlペットボトルが異常に美味い。暑いからとかって云うのではなく、後味が全然違う。水の違いなのかなんなのかは分からないけれども、とにかく美味かった。
22時頃にホテルに戻ると完全なる疲労で早々にダウン。

Day 3:
3日目は、行きそびれた所を回って行く。先ずは東山手へ行き、東山手洋風住宅群と孔子廟へ。
洋風のすぐ横に思いっきり中華なので、実に不思議な光景である。
それから、寺町通りの方へ、路面電車で移動し、隠元禅師の興福寺から寺町通りを歩く。国宝の崇福寺に行ったあたりで雨に降られるも、そのせいか人が少なかったので、快適ではある。
昼には皿うどんを求め、思案橋の方へ行くも、行きたかったお店は残念ながらお休み。水、木曜あたりはあちこちのお店でお休みしているらしい。と云う訳で、前日に店じまいされてしまったトルコライスのお店のボルドーさんへリベンジ。こぢんまりとした店内は雰囲気も良く、かなり落ち着く。待っている間にPink Floydの”One Of These Days”が流れたりと、店主も音楽好きっぽい感じなのがまた良い。お味の方はやっぱり薄味だけれども美味。
雨も止まないし、大体行きたいところは行ったので、最後に予定外の長崎美術館まで寄る事ができた。
あと数日遅かったら、横山大観とかを見られたのですが、今回は美術館のコレクション展のみでいささか残念ではある。
須磨彌吉郎が収集したスペイン美術作品はなかなか素敵だった。エル・グレコの『キリストの磔刑と2人の寄進者』もこちらの美術館にあるそうだが、今回は展示されておらず、非常に残念。是非、直に見たかったものである。
※ 長崎美術館収蔵ではなく、国立西洋美術館の収蔵らしい。長崎美術館では2005年に「よみがえる須磨コレクション スペイン美術の500年」にて展示されたらしい。

そんなかんなで、程よい時間になったので、市街を後にして長崎空港へ。
羽田に着いたのは21時頃。体のあちこちが痛い。
しかし、これほど旅を楽しめた事もそうそうなかった気がするくらい、充実したものであった。
長崎と云う街の歴史の深さゆえに魅力も多いのであろうと、妙に納得している。
普段、見慣れないものを見て刺激を受け、おぼろげだった知識が深められ、色々と開眼させられた事は大きな収穫であった。

そんな今日この頃。

どん底

Olafur Eliassonと金沢21世紀美術館

いやはや、実に去年のサマソニ以来のブログです。
夏以降なんだかやたらと忙しくなって息つく暇もないと思っていたら、年明けから急に暇ができたので、晴れて念願のオラファー・エリアソン展を見に行くべく金沢へと行ってきました。

Olafur Eliassonと金沢21世紀美術館 01

数年前に原美術館で見て以来の日の浅いファンなのですが、かなり好きです。
金沢21世紀美術館での今回の展示は原美術館の時にもあった"Room for one colour"のでかいバージョン(白黒になっちゃうやつ)を始め、なんとも魅力的な展示が多数。
なかでもやっぱり圧巻だったのは、チラシにもなっている"Your atmospheric colour atlas"と云う作品。
各色のライトが霧の充満された部屋に発せられ、なんともサイケな空間に。
もともと、モヤーっとしたジャケが好きだったりするのですが、現実空間に再現してしまうあたりに脱帽です。
見せて魅せると云う高度なアイデアを見せつけられました。
金沢21世紀美術館には始めて訪れたのですが、ここの建物自体が大変に魅力的でオラファー・エリアソンの作品とも見事な調和がなされていた気がします。
結局、3日間の金沢滞在の内に2回訪れました。
ついでに金沢21世紀美術館のレアンドロのプールも体験。
おおーって感じです、晴れてれば尚、良かった気がする。

Olafur Eliassonと金沢21世紀美術館 02

それにしても、初金沢、初北陸だったのですが、久々の旅行と云う事もあり、観光地の情緒を大いに味わうつもりだったのが、イオンはあるし、ヤマダ電機もあるし、ツタヤにすき家と勝ち組企業が目についてやや辟易気味ではあったものの、兼六園あたりはさすがに良い雰囲気でそれなりに堪能しました。
残念な事にずっと悪天候に悩まされつつの旅行で、金沢城はとんでもない強風の為、途中で断念。
終始、風が強かった気がするのですが、あのあたりだと普通の事なんでしょうか?
関東の風の感じと違う何を感じました(気のせいな気もするけれども)。
なんだかんだで一通り観光名所はできたので満足ではある。

Olafur Eliassonと金沢21世紀美術館 03

そして完全なるリサーチ不足で、食事には大変困った。
ココイチとかに入れば良いのでしょうが、せっかく来ているって事でそうも行かず、あれこれと歩き回り、なんとか海の幸とハントンライスは頂きました。
あまりの店のなさにハントンライスって地元の人間は食べるのと云う疑惑を抱きつつ、やっとの事で食べられたのは銀座ライオンでした。

身分が身分なもので、豪勢な旅行と云う訳ではない割には楽しんだ旅でした。
この次はただ温泉に入るだけの旅に出たいと思う今日この頃。

Olafur Eliassonと金沢21世紀美術館 04

皇居 2008

今年も恒例の皇居巡りをする。

数あるパワースポットの一つらしいので、毎年9月〜10月の間に皇居をひとまわりするのだが、今年は多忙の為に訪れる機会を失っていた。
そのせいか、今年の冬の初めはなんだか悪い事が多かった気がする。
無意味な忙しさやら、訃報やら、挙げ句の果てにしらふで転倒し人生初となる救急車に乗ったりと散々であった。
そんな訳でこれではイカンって事でようやく皇居へと赴く。

Imperial Palace 01

この日は何とも気持ちの良い晴天にめぐまれた上、逆転しまくりの生活リズムに鞭を打ち、敢えて早い時間に訪れた為かいつもとはまた雰囲気の異なる景色に和まされる。
お堀に反射する太陽がキラキラと美しいのだ。
夜型人間としては久々な、そして新鮮なお日様との邂逅を果たしたのであった。

Yasukuni Jinja

通例通り、皇居をお堀に沿って反時計周りで行き、九段下にて一休憩の後に靖国にて参拝。既に正月準備に慌ただしい様子であった。
当初、近代美術館へも行く予定だったが、あまり魅力的な展示はなかった為、今回はパスした代わりに千鳥ケ淵戦没者墓苑を訪れる。
都会の喧騒の中、ひっそりとした空間に思いを馳せる。
青々とした苔がその静けさを物語っている気がしたのだ。

Imperial Palace 02

終盤に差し掛かるとなだらかな下り坂からの絶景をを眺めつつ行く。
曇った日や、雨の日に来る事が多かったので、この見渡しの良さは新たな発見であった。
無事この日もひとまわりして有楽町をぶらぶらしてから地元へ帰る。
いい加減、良い事がありますよーに。

そんな今日この頃。

続・Mac OS X 10.4とタダソニと横浜

いやはや今週もやたら歩きました。

土曜にはもはや毎年恒例化しているタダソニへ。
今年はジザメリ観たさに2日目に行きたかったんですが、時すでに遅くフジに続きまたしてもチケットを買えず。今回は当日券も出ない感じだったので、仕方なくぶらぶらと1日目に参上。と言っても何を観たいってのもなかったので、夕方くらいにカルフールで食料調達の後、ビーチステージ方面へ。

'08 Summer Soni

ぼ~っとビールを飲みつつ、眺めつつで、雰囲気だけ味わう。
マリンスタジアムの方でヴァーヴが演奏している感じだったので、誰もいない隣の公園で、ちょろっと聴く。
それから後、ふらふらしているといつの間にメッセ外にいたので、家まで8~9kmくらいの距離をとぼとぼ歩いていく。
今年はあんまり収穫がなかった感じではある。

それから昨日は横浜観光してきました。前日にN響を観ていたら、横浜特集みたいのをやっていたので、関内の歴史ある建物目当てに今回もまた突然の決意。

桜木町下車でまずは赤レンガ倉庫に久々に訪れる。買い物目当てでもなかったので、さらっと通り過ぎた後に大桟橋へ。こちらは初めて行ったのだが、いやまぁ、アーバンな作りで素敵でした。大桟橋から関内方面への町並みも素晴らしい。それから神奈川県庁やら開港記念館等を眺めつつ、中華街方面へ。

Yokohama China Town

中華街は小学校の時以来で、記憶もあやふやな上、例の如く下調べもして来なかったので、結局適当な肉まんを頬張りつつ、タイムリーに中国っぽいのを堪能す。
それから夕暮れ時の山下公園にて一服の後、港の見える丘公園を目指し結構急な丘を上る。眺めは見事なものであった。苦労して上った甲斐はある。
隣のゲーテ座に入りたかったが、閉館時間をとっくに過ぎていたので、外人墓地を一瞥の後、山手の豪邸街へと行く。先週に引き続きハイソな場所に足を踏み入れる。とても同じ人間が住んでいるとは思えないのである。
フェリス女学院前を通った後に丘を下り、石川町駅より横浜へ。
せっかく横浜に来てラーメンを食べていなかったので、これまた駅周辺を歩き倒すが、辿り着いたとこはあまり満足できるとは言い難い感じであった。
そんなかんなで、この日は12~3kmくらい歩きまわる。さすがにサンダルでは無理があったか、足はパンパンである。
しかし、まぁ、歴史の重みが違うんですかね、千葉とは。綺麗なもんがいっぱいありました。

Yokohama Motomachi

そんな今日この頃。歩くのが楽しくて仕方がない。

それはそーと、よーやくTigerをゲットしました。
インストール作業も順調そのものでした。FireFox3の使いやすさに嬉しがってます。

Mac OS X 10.4

おそらくはもの凄く歩くのが好きな人間なのである。
しかも常に行き当たりばったりに歩きまくるのに付き合って貰っている相方さんには頭が下がる思いである。

この日は、有り難い初ギャラを握りしめMacのOSを買いに行くべく銀座のApple Storeへ。
恥ずかしながらうちのOSは10.3.9、駄目なやつと云われているのです。最近はGoogle Earthやら、.Macまでもが見られなくなる始末で、これはもうヴァージョンを上げたい上げたいと思っていたんですが、なにせ金がない状態が続いていたので、それもかなわずに今日に至る。
世間はMac OS 10.5のLeopardの時代。さすがに出たばかりのOSだし、スペック的にもかなり厳しいところがあるので、目的はOS 10.4のTiger。
しかし、残念ながら、新しいOSが出ると過去のはなくなってしまうのが世の常で、分かっちゃいるのに淡い期待を抱いていざ銀座へ。
結果当然の如く、ない。秋葉原ならあるかもって事で、とぼとぼ炎天下の中、東京まで歩き、そこから山の手線にて秋葉原へ。
しかし、Sofmapやら何やら歩き回って散々探すも結局在庫はなし。

うーむ仕方がないって事で、ぶらぶらと徒歩にて上野へ。
ちょいと休憩の後に不忍池の蓮の葉がわさわさしていたので、見に行く。

花が咲いたら見事であろう。

それにしても映画館勤め以来、毎回、2度と台東区の土は踏むまいと思うのだが、良く来てしまう。この日も上野公園にはおびただしい数の浮浪者が、うーん。

それから先週あたりに何かの番組で、本郷のあたりをうろつくってのをやっていたので、それに習って文豪ゆかりの地を求めて再び徘徊。
道路隔てて、文京区に入ると一気に浮浪者は消滅し、ハイソな建物が連なる。先日、川原テツ氏とも話したのだが、バリアでもはってあるかの様。
最近、丁度漱石を読んでいたので、何だか楽しい。
うろうろしている間に東京大学の敷地内へ潜入する。驚いた事に大学の中に
ランクの高そうなローソンがある。凄い。さすがである。
初の東大には感服しまくりである。立派な建物は見ているだけで面白い。
ついでに初の安田講堂にも感激する。田舎もん丸出しであった。

そこから更に本郷周辺をぶらぶらし始めるも、文豪ゆかりの地どころか、どんどん住宅街に入ってしまう。しかもほぼ迷路みたいな感じで高低差もあるところを夕暮れ時にひたすら歩く。
靴擦れをおこしつつ、何だかんだで気づけば後楽園に来ていた。
ついでだからと小石川後楽園を訪れようと思うが、敷地の外側を一周した挙げ句に閉園時間で思いはかなわず。

水道橋駅前のエクセルシオールでビールを一杯飲み、帰路へ。
いまさらではあるが下調べは必要である。行き当たりばったりが楽しいってのもあるのだが。

翌日は軽い筋肉痛を抱えつつ、千葉みなとの花火大会へ。
基本人ごみは大嫌いで、毎年この手のイベントは避けているのだが、今年は
夏を楽しもうと若干ポジティブに考えていたりする。ので、弁当持参で千葉みなとへ行く。
いやー、花火は良い。人が多過ぎてビールが買えなかったのはいささか残念ではある。

最近は思いっきりインドア派なのに微妙にアウトドアに目覚めてきたりしている。お金を稼ぐようになったら、色々買いたい。

そんな今日この頃。

ちなみにotomサイトをマイナーチェンジしました。
マイミクの皆さんにはあんまり関係ないですが、MP3での購入も
できるようになりました。

シャッター街

都内に住んでいる人には縁遠いお話かもしれませんが、
我が地元を含め郊外ではシャッター街現象が急速に進んでいます。
先日、ぶらぶらと普段行かない京成津田沼方面へと散歩に行った際、
駅前商店街が見事な寂れようで愕然とする。
原因は色々とあるのであろうが、一番大きいのは数年前を皮切りに
イ○ンやら何やらでっかいショッピングモールができた為と思われる。
最初に言っておくと、けっしてショッピングモールが嫌いな訳ではない。

ほとんど毎日の様に利用するし、24時間営業は便利この上ない。
接客態度もお客様至上主義を徹底している。
便利かつ回転も早い、
そんなショッピングモールには文句はない筈なのだが、
かつて繁栄を極めていた個々の家々に通ずるその道、現シャッター街を
眺めた時になんとも言えぬわびしさがあった。
当然、ショッピングモールができた時になんらかの対策ができた筈であり、
もしくは対策をしたのであろうが、その結果はあまりにも無惨である。
努力と云っても色々な形はあるのであろうが、果たして商店街の組合が
行ってきた対策を知りたいものである。
例えば、店に入って無愛想な声でいらっしゃいませと言われジロジロを
眺められる様な店では客側としても居心地が悪いものである。
まぁ、昨今の大型家電店でしつこく声をかけられるのも不愉快ではあるが。
とにかくシャッター街化を防ぐべく対処した事例は結構ある訳で、その点に
おいて我が街のそれは完全に敗者であると感じる。
実際に経営をしている訳でもないのに大きな事を言うのもなんではあるが、
では彼らは外的な協力を含め門戸開放したとは言えない気はする。
仕方のない事ではあるが、世間の集団はあまりにも閉鎖的である、外からの
侵入者を拒む傾向にある。
これに関しては最近、節々で実感しているのだ。
役所の企画等々を眺めていても、なんでここまでつまらないものができるかと感じる。自治体、個人による差はあると思うけれども。
いっその事、役所の一部を民営化でもしたら良いのだ。

要するにアイデアの欠如、これに尽きる。
何かをやりたいと思うが、経済力も何もない若者は多い。しかし今の時代に見合った考えをちゃんと持っている人も多いのではないのかとも思ったりもする。
店をやりたいなら自力でなんとかしろと言われればそれまでなんだろうけれども、個人が大きなものを動かすには難しいものも多いと言いたいのだ。

あまりにも弱者に対して冷たい世の中になったと思ってみたりする。

そういえば、この夏あたりからコンビニの夜間営業を自粛するところもあるそうである。別にエコロジーを提唱する訳ではないのだが、21時には店は閉まり土日は休み、そのくらいでも良いんじゃないかと思うのだ。競争自体はどうしようもないのだろうが、激化によって例えば24時間営業できないところなんかはまっさきに潰れるだろうし、とにもかくにも一人勝ちって言葉がとても不自然な感じがするのだ。
映画館にしてもシネコン優勢の時代。街に3番館、4番館がなくなったのも仕方ないけれど、なんだかつまらない。

とは言ってもどうにもならないのであろうから、地道にコツコツやるしかないのであろう、残念ながら。
明るい未来を展望してみたりする今日この頃である。

英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展

英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展に行ってきました。
久々に人並みにお出かけです。
デミアン・ハーストの牛のやつは何とも凄かったです。

Damien Hirst

個人的にお気に入りはヴォルフガング・ティルマンスの作品、
もやもやしている感じがとても好きです。
森美術館の後は最近開放されたらしい森ビルのスカイデッキへ。

Mori Bulding

地上238mに生身で行くと云うのはかなり恐ろしい。
普通に強風で高所恐怖症としては死ぬ思いでした。
建築屋は凄いなと痛感。
それからとぼとぼ歩いて六本木から東京駅を目指す。
二極化をひしひしと肌で感じつつ、赤坂を経て、
永田町の日枝神社へ。

jinja

こんなとこにひっそりと立派な神社があるとは知らなかった。
その後首相官邸を横目に日の丸のと赤旗と厳戒態勢の国会議事堂へ。
なぜかうちの地元の学校は社会科見学で訪れなかったので、
こんなに近くに来たのは始めてなので、少し感動する。
警備員の目が怖いのでそそくさと後にして、桜田門あたりから、
いつもの皇居コースで東京へ。
いつもなら大して疲れないのに、この日はなんだかやたらと
乳酸が出まくる。坂が多かったからだろうか。

最近すっかり東京に行かなくなったのでたまに行くと別の国
みたいだなーと思う今日この頃。

Yo La Tengoと大友良英

新・習劇 第13回 『Yo La Tengo と 大友良英』
「ライブ三昧」

先週の出来事。1週間に2度のライブに行く。

まずは19日にYo La Tengoを観にO-Eastへ。
久々の渋谷。人嫌いでもたまに来ると非常に楽しい。
Tower RecordsでWilliam BasinskiのCDを相方さんに買って貰い
ウキウキ状態になりつつ辺りを闊歩する。

開演ギリギリにC君と合流し、いざ会場へ。
Summer Sun』のツアー以来である。
前日のクラムボンとのライブがあったせいか、
なんとも全体的にテンションが高い。
主に新譜からを中心に演奏し満足の2時間半。
相変わらずファンサービスはよろし。
毎度オープニングは意表を突くが、今回は『Our Way To Fall』から。
本編も当然素晴らしいのだが、個人的にはアンコールで演奏した
『Tom Courtenay』が良かった。
アイラ、ジェィムズがギターでジョージアが歌うアレンジは初めて観る。
会場の雰囲気も良かった。
Fakebook』から『Griselda』と珍しい曲もお披露目。
『Blue Line Swinger』と『Autumn Sweater』は今回はなしで
非常に残念である、他の日に演奏していたらしい。
前回は両方やってたのだが。『Deeper Into Movies』あたりで長めな
曲が多かったのでやらない予感はしていたのだけれども。
そんな感じの今回の来日はそれでも満足。
時代が変わっても飽きがこない数少ないバンドの一つである。
Fuji Rockあたりにまた来そうである、10年ぶりに行くのも悪くないと
思う今日この頃。

そして23日には大友良英の『幽閉者』のサントラ発売記念ライブへ。
行きたがっていたら、相方さんが連れてってくれました。
雨の浅草はアサヒ・アートスクエアにて。
高速からも見える川沿いのウ○コの乗った建物です。
初めて行く場所なのだが、なんともアーバンな建物でおあつらえ向きと
云った感じである。
監督の足立正生と大友良英、佐々木敦によるトークショーから始まり、
ジム・オルークやらが混じった総勢6名によるライブ。
『りんごのテーマ』から始まったものの、だいぶ発展した形の内容。
各人が色んな音を出力し、観ても楽しめるものであった。
音響装置も一風変わっており、場内中心に地べたに座るお客さんから
サークル状に、演奏者、6面スピーカー、客席、またスピーカーと
まさに音の渦と云った感じで非常に感銘を受ける。
それにしてもジム・オルークが大変オッサン臭くて微笑ましい。
しかもあくまでも控えめな態度がまた好感触である。

その後、久々の浅草を堪能する。
相変わらずである、21時以降の浅草ははっきり言ってサイテーである。
やっぱり路上で倒れている人もいたし、パンスケも健在。
移動式の家を寒空の下で押して行く人、人、人。
なんでだか生命力の強い彼等。
楽しみにしていたラーメン屋の万豚記が潰れていたため、
耐えきれず早々に脱出。よく通っていたものである。

活動的な1週間であった。

ツィゴイネルワイゼン

新・習劇 第8回 『ツィゴイネルワイゼン』
「おじさんのお骨を頂戴。」

先週の話ですが、鎌倉へ小旅行に行ってきました、
地味に『ツィゴイネルワイゼン』ツアーをしに。何故か今。
相方さんには悪いが、行き当たりばったりな私によく

付き合ってくれていると思います。
ツアーと題しておきながら、どこに何があるとかのリサーチは
まったくしない上、宿も予約しない始末。
前日の夜に横浜の安ホテルに一泊したのだが、さすがは大都会横浜、滅多に行かないせいかどこに何があるのかさっぱり分からなかったが、なんとか寝床は確保。最近のホテルはプレステあるのね。
翌日は北鎌倉経由で鎌倉を目指す。

一番の目的は『ツィゴイネルワイゼン』に出てた切り通しであったのだが、どうやら鎌倉には七大切り通しなるものがあるらしく、当然下調べもなく見つかる訳がない。
それでも思い込みとは怖いもので、何故か北鎌倉にあるだろうぐらいで、一日歩き続ける。
まずは切り通しがありそうな源氏山へ。険しい山道を2人、コンバースで無理矢理登頂。切り通しも規模は小さいものの、立派のものでした。その後、何故か散々遠回りして銭洗弁財天へ。少ない所持金を水で清めてみる。
しかし鎌倉には豪邸が多い、門から屋敷までやたと距離のある家なんかがやたらとある。羨ましい限りである。
途中一休みして、昼からビール。幸せこの上ない。
最後は鶴岡八幡宮で『ツィゴイネルワイゼン』のごとく締める。

結論、旅って疲れますね。
ちなみに『ツィゴイネルワイゼン』の切り通しは釈迦堂の切り通しと云うらしく、現在は通行止めなのだそう。

次回はヴェンダースばりに小津さんの墓参りでもしようかと思っております。

大殺界なので

雨の降る中、皇居へ行く。
数ヶ月前にも一度行ったのだが、その時は外堀を
反対に回ってしまい、ひどい目に遭う。
江戸のお城のお堀は、気を増幅させる為に渦巻状になっている
のだそう。詳しくは知りません。
で、今回は正しいと思われる方向で行きました。

六星占術的には今年の私は大殺界のど真ん中で、さらに10月は
もっとも悪い時期らしく、要するにビビりまくりの気休めです。

先日、成田山にも行きました。
既に職なしの今日この頃、これ以上悪い事は起こらんでほしいと
思うばかりである。

しかし雨の皇居は風情はあってよろしい。
近日中に御苑制覇をしたいものである。