Steve Jobs 1955-2011

Steve Jobs 1955-2011

Apple Steve Jobs氏死去
2011年10月6日 8時50分

偉大過ぎる天才が亡くなってしまいました。
iPhone5が発表されずにがっかりした昨日の今日でこのニュースです。
もう香典代わりにiPhone4Sを買うしかないですね。

ジョブズ語録

  • 海軍に入るくらいなら海賊になった方がいい
  • 残りの人生も砂糖水を売ることに費やしたいか、それとも世界を変えるチャンスが欲しいか
  • 美しい女性を口説こうと思った時、ライバルの男がバラの花を10本贈ったら、君は15本贈るかい?そう思った時点で君の負けだ
  • 方向を間違えたり、やりすぎたりしないようにするには、まず「本当は重要でも何でもない」1000のことに「ノー」と言う必要がある
  • あなたの時間は限られている。だから他人の人生を生きたりして無駄に過ごしてはいけない
  • ドグマ(教義、常識、既存の理論)にとらわれるな。それは他人の考えた結果で生きていることなのだから
  • 仏教には「初心」という言葉があるそうです。初心を持っているのは、素晴らしいことだ
  • 製品をデザインするのはとても難しい。多くの場合、人は形にして見せて貰うまで自分は何が欲しいのかわからないものだ
  • 消費者に、何が欲しいかを聞いてそれを与えるだけではいけない。完成する頃には彼らは新しいものを欲しがるだろう
  • iPodより高いスニーカーもある (300ドルは高いのではないか、という記者の質問に対して)
  • アップルのシェアは自動車産業におけるBMW・ベンツ・ポルシェよりも大きい。BMWやベンツであることの何が悪いんだ?
  • 画面にはとても見た目のよいボタンを配した。思わず舐めたくなるだろう
  • 盗んだものを驚くほど効率的に配布できるシステムがある。インターネットと呼ばれているシステムだ
  • 私たちはいつも偉大なアイデアを臆面もなく盗んできた
  • 30代や40代のアーティストが斬新なものを生み出して社会に貢献できることはめったにない
  • 私はまだ30歳だ。もの作りを続けるチャンスが欲しい
  • お前、クビな (エレベーターで偶然出会った社員に対して)
  • 日本人は死んだ魚のように岸に押し寄せてきた。まるで海岸を埋めつくす死んだ魚のようだ
  • この醜悪な犬の糞をどけろ!! (華道の大家の生け花を見て)
  • ちゃんと通訳して、こいつに犬の糞を目の前からどけろと伝えないならお前はクビだ!! (ジョブズを諌めた通訳に対して)
  • 「邪悪になるな」なんてのはデタラメだ!! (Googleの社是について)
  • ポルノが欲しい人はAndroid携帯を買えばいい
  • こんな国、二度と来るか!! (関空で手裏剣を没収されて)

…なんと云うか本当に凄まじい人でした。
どうか安らかに。

Think Different

先日、ぼんやりとYouTube内をブラブラしていると、
なんとも懐かしいCMがあった。
1998年に放送されていたAppleのCMで、丁度、初代iMacの出る前くらいだそうな。
当時もカッコイイCMだなぁと思っていたのだが、今見ても素晴らしいので上げてみる。

Apple CM 1998

いやはや、今は懐かしき七色Macの時代。
勢い余って、当時所有していた一番最初に買ったMacのスペックを見てみたら、かなり今に比べるとアレな感じですね。時間の流れは恐ろしい。

Macintosh Performa 6210
"Macintosh Performa 6210

スペックは余裕でiPhoneが勝ってます。

Steve Jobs

ついでに、こちらも有名なスティーブ・ジョブズの米国スタンフォード大学卒業式での祝賀スピーチ。自分への教訓としたいのでブログに貼っておく。

PART 1. BIRTH

 ありがとう。世界有数の最高学府を卒業される皆さんと、本日こうして晴れの門出に同席でき大変光栄です。実を言うと私は大学を出たことがないので、これが今までで最も大学卒業に近い経験ということになります。

 本日は皆さんに私自身の人生から得たストーリーを3つ紹介します。それだけです。どうってことないですよね、たった3つです。最初の話は、点と点を繋ぐというお話です。

 私はリード大学を半年で退学しました。が、本当にやめてしまうまで18ヶ月かそこらはまだ大学に居残って授業を聴講していました。じゃあ、なぜ辞めたんだ?ということになるんですけども、それは私が生まれる前の話に遡ります。

 私の生みの母親は若い未婚の院生で、私のことは生まれたらすぐ養子に出すと決めていました。育ての親は大卒でなくては、そう彼女は固く思い定めていたので、ある弁護士の夫婦が出産と同時に私を養子として引き取ることで手筈はすべて整っていたんですね。ところがいざ私がポンと出てしまうと最後のギリギリの土壇場になってやっぱり女の子が欲しいということになってしまった。で、養子縁組待ちのリストに名前が載っていた今の両親のところに夜も遅い時間に電話が行ったんです。「予定外の男の赤ちゃんが生まれてしまったんですけど、欲しいですか?」。彼らは「もちろん」と答えました。

 しかし、これは生みの母親も後で知ったことなんですが、二人のうち母親の方は大学なんか一度だって出ていないし父親に至っては高校もロクに出ていないわけです。そうと知った生みの母親は養子縁組の最終書類にサインを拒みました。そうして何ヶ月かが経って今の親が将来私を大学に行かせると約束したので、さすがの母親も態度を和らげた、といういきさつがありました。

PART 2. COLLEGE DROP-OUT

 こうして私の人生はスタートしました。やがて17年後、私は本当に大学に入るわけなんだけど、何も考えずにスタンフォード並みに学費の高いカレッジを選んでしまったもんだから労働者階級の親の稼ぎはすべて大学の学費に消えていくんですね。そうして6ヶ月も過ぎた頃には、私はもうそこに何の価値も見出せなくなっていた。自分が人生で何がやりたいのか私には全く分からなかったし、それを見つける手助けをどう大学がしてくれるのかも全く分からない。なのに自分はここにいて、親が生涯かけて貯めた金を残らず使い果たしている。だから退学を決めた。全てのことはうまく行くと信じてね。

 そりゃ当時はかなり怖かったですよ。ただ、今こうして振り返ってみると、あれは人生最良の決断だったと思えます。だって退学した瞬間から興味のない必修科目はもう採る必要がないから、そういうのは止めてしまって、その分もっともっと面白そうなクラスを聴講しにいけるんですからね。

 夢物語とは無縁の暮らしでした。寮に自分の持ち部屋がないから夜は友達の部屋の床に寝泊りさせてもらってたし、コーラの瓶を店に返すと5セント玉がもらえるんだけど、あれを貯めて食費に充てたりね。日曜の夜はいつも7マイル(11.2km)歩いて街を抜けると、ハーレクリシュナ寺院でやっとまともなメシにありつける、これが無茶苦茶旨くてね。

 しかし、こうして自分の興味と直感の赴くまま当時身につけたことの多くは、あとになって値札がつけられないぐらい価値のあるものだって分かってきたんだね。
 ひとつ具体的な話をしてみましょう。

PART 3. CONNECTING DOTS

 リード大学は、当時としてはおそらく国内最高水準のカリグラフィ教育を提供する大学でした。キャンパスのそれこそ至るところ、ポスター1枚から戸棚のひとつひとつに貼るラベルの1枚1枚まで美しい手書きのカリグラフィ(飾り文字)が施されていました。私は退学した身。もう普通のクラスには出なくていい。そこでとりあえずカリグラフィのクラスを採って、どうやったらそれができるのか勉強してみることに決めたんです。

 セリフをやってサンセリフの書体もやって、あとは活字の組み合わせに応じて字間を調整する手法を学んだり、素晴らしいフォントを実現するためには何が必要かを学んだり。それは美しく、歴史があり、科学では判別できない微妙なアートの要素を持つ世界で、いざ始めてみると私はすっかり夢中になってしまったんですね。

 こういったことは、どれも生きていく上で何ら実践の役に立ちそうのないものばかりです。だけど、それから10年経って最初のマッキントッシュ・コンピュータを設計する段になって、この時の経験が丸ごと私の中に蘇ってきたんですね。で、僕たちはその全てをマックの設計に組み込んだ。そうして完成したのは、美しいフォント機能を備えた世界初のコンピュータでした。

 もし私が大学であのコースひとつ寄り道していなかったら、マックには複数書体も字間調整フォントも入っていなかっただろうし、ウィンドウズはマックの単なるパクりに過ぎないので、パソコン全体で見回してもそうした機能を備えたパソコンは地上に1台として存在しなかったことになります。

 もし私がドロップアウト(退学)していなかったら、あのカリグラフィのクラスにはドロップイン(寄り道)していなかった。

 そして、パソコンには今あるような素晴らしいフォントが搭載されていなかった。
 もちろん大学にいた頃の私には、まだそんな先々のことまで読んで点と点を繋げてみることなんてできませんでしたよ。だけど10年後振り返ってみると、これほどまたハッキリクッキリ見えることもないわけで、そこなんだよね。もう一度言います。未来に先回りして点と点を繋げて見ることはできない、君たちにできるのは過去を振り返って繋げることだけなんだ。だからこそバラバラの点であっても将来それが何らかのかたちで必ず繋がっていくと信じなくてはならない。自分の根性、運命、人生、カルマ…何でもいい、とにかく信じること。点と点が自分の歩んでいく道の途上のどこかで必ずひとつに繋がっていく、そう信じることで君たちは確信を持って己の心の赴くまま生きていくことができる。結果、人と違う道を行くことになってもそれは同じ。信じることで全てのことは、間違いなく変わるんです。

PART 4. FIRED FROM APPLE

 2番目の話は、愛と敗北にまつわるお話です。

 私は幸運でした。自分が何をしたいのか、人生の早い段階で見つけることができた。実家のガレージでウォズとアップルを始めたのは、私が二十歳の時でした。がむしゃらに働いて10年後、アップルはガレージの我々たった二人の会社から従業員4千人以上の20億ドル企業になりました。そうして自分たちが出しうる最高の作品、マッキントッシュを発表してたった1年後、30回目の誕生日を迎えたその矢先に私は会社を、クビになったんです。

 自分が始めた会社だろ?どうしたらクビになるんだ?と思われるかもしれませんが、要するにこういうことです。アップルが大きくなったので私の右腕として会社を動かせる非常に有能な人間を雇った。そして最初の1年かそこらはうまく行った。けど互いの将来ビジョンにやがて亀裂が生じ始め、最後は物別れに終わってしまった。いざ決裂する段階になって取締役会議が彼に味方したので、齢30にして会社を追い出されたと、そういうことです。しかも私が会社を放逐されたことは当時大分騒がれたので、世の中の誰もが知っていた。

 自分が社会人生命の全てをかけて打ち込んできたものが消えたんですから、私はもうズタズタでした。数ヶ月はどうしたらいいのか本当に分からなかった。自分のせいで前の世代から受け継いだ起業家たちの業績が地に落ちた、自分は自分に渡されたバトンを落としてしまったんだ、そう感じました。このように最悪のかたちで全てを台無しにしてしまったことを詫びようと、デイヴィッド・パッカードとボブ・ノイスにも会いました。知る人ぞ知る著名な落伍者となったことで一時はシリコンヴァレーを離れることも考えたほどです。

 ところが、そうこうしているうちに少しずつ私の中で何かが見え始めてきたんです。私はまだ自分のやった仕事が好きでした。アップルでのイザコザはその気持ちをいささかも変えなかった。振られても、まだ好きなんですね。だからもう一度、一から出直してみることに決めたんです。

 その時は分からなかったのですが、やがてアップルをクビになったことは自分の人生最良の出来事だったのだ、ということが分かってきました。成功者であることの重み、それがビギナーであることの軽さに代わった。そして、あらゆる物事に対して前ほど自信も持てなくなった代わりに、自由になれたことで私はまた一つ、自分の人生で最もクリエイティブな時代の絶頂期に足を踏み出すことができたんですね。

 それに続く5年のうちに私はNeXTという会社を始め、ピクサーという会社を作り、素晴らしい女性と恋に落ち、彼女は私の妻になりました。
 ピクサーはやがてコンピュータ・アニメーションによる世界初の映画「トイ・ストーリー」を創り、今では世界で最も成功しているアニメーション・スタジオです。

 思いがけない方向に物事が運び、NeXTはアップルが買収し、私はアップルに復帰。NeXTで開発した技術は現在アップルが進める企業再生努力の中心にあります。ロレーヌと私は一緒に素晴らしい家庭を築いてきました。

 アップルをクビになっていなかったらこうした事は何ひとつ起こらなかった、私にはそう断言できます。そりゃひどい味の薬でしたよ。でも患者にはそれが必要なんだろうね。人生には時としてレンガで頭をぶん殴られるようなひどいことも起こるものなのです。だけど、信念を放り投げちゃいけない。私が挫けずにやってこれたのはただ一つ、自分のやっている仕事が好きだという、その気持ちがあったからです。皆さんも自分がやって好きなことを見つけなきゃいけない。それは仕事も恋愛も根本は同じで、君たちもこれから仕事が人生の大きなパートを占めていくだろうけど自分が本当に心の底から満足を得たいなら進む道はただ一つ、自分が素晴しいと信じる仕事をやる、それしかない。そして素晴らしい仕事をしたいと思うなら進むべき道はただ一つ、好きなことを仕事にすることなんですね。まだ見つかってないなら探し続ければいい。落ち着いてしまっちゃ駄目です。心の問題と一緒でそういうのは見つかるとすぐピンとくるものだし、素晴らしい恋愛と同じで年を重ねるごとにどんどんどんどん良くなっていく。だから探し続けること。落ち着いてしまってはいけない。

PART 5. ABOUT DEATH

 3つ目は、死に関するお話です。

 私は17の時、こんなような言葉をどこかで読みました。確かこうです。「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。そうすればいずれ必ず、間違いなくその通りになる日がくるだろう」。それは私にとって強烈な印象を与える言葉でした。そしてそれから現在に至るまで33年間、私は毎朝鏡を見て自分にこう問い掛けるのを日課としてきました。「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」。それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くと、そろそろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。

 自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、決断を下す最も大きな手掛かりとなってくれました。何故なら、ありとあらゆる物事はほとんど全て…外部からの期待の全て、己のプライドの全て、屈辱や挫折に対する恐怖の全て…こういったものは我々が死んだ瞬間に全て、きれいサッパリ消え去っていく以外ないものだからです。そして後に残されるのは本当に大事なことだけ。自分もいつかは死ぬ。そのことを思い起こせば自分が何か失ってしまうんじゃないかという思考の落とし穴は回避できるし、これは私の知る限り最善の防御策です。

 君たちはもう素っ裸なんです。自分の心の赴くまま生きてならない理由など、何一つない。

PART 6. DIAGNOSED WITH CANCER

 今から1年ほど前、私は癌と診断されました。 朝の7時半にスキャンを受けたところ、私のすい臓にクッキリと腫瘍が映っていたんですね。私はその時まで、すい臓が何かも知らなかった。

 医師たちは私に言いました。これは治療不能な癌の種別である、ほぼ断定していいと。生きて3ヶ月から6ヶ月、それ以上の寿命は望めないだろう、と。主治医は家に帰って仕事を片付けるよう、私に助言しました。これは医師の世界では「死に支度をしろ」という意味のコード(符牒)です。

 それはつまり、子どもたちに今後10年の間に言っておきたいことがあるのなら思いつく限り全て、なんとか今のうちに伝えておけ、ということです。たった数ヶ月でね。それはつまり自分の家族がなるべく楽な気持ちで対処できるよう万事しっかりケリをつけろ、ということです。それはつまり、さよならを告げる、ということです。

 私はその診断結果を丸1日抱えて過ごしました。そしてその日の夕方遅く、バイオプシー(生検)を受け、喉から内視鏡を突っ込んで中を診てもらったんですね。内視鏡は胃を通って腸内に入り、そこから医師たちはすい臓に針で穴を開け腫瘍の細胞を幾つか採取しました。私は鎮静剤を服用していたのでよく分からなかったんですが、その場に立ち会った妻から後で聞いた話によると、顕微鏡を覗いた医師が私の細胞を見た途端、急に泣き出したんだそうです。何故ならそれは、すい臓癌としては極めて稀な形状の腫瘍で、手術で直せる、そう分かったからなんです。こうして私は手術を受け、ありがたいことに今も元気です。

 これは私がこれまで生きてきた中で最も、死に際に近づいた経験ということになります。この先何十年かは、これ以上近い経験はないものと願いたいですけどね。

 以前の私にとって死は、意識すると役に立つことは立つんだけど純粋に頭の中の概念に過ぎませんでした。でも、あれを経験した今だから前より多少は確信を持って君たちに言えることなんだが、誰も死にたい人なんていないんだよね。天国に行きたいと願う人ですら、まさかそこに行くために死にたいとは思わない。にも関わらず死は我々みんなが共有する終着点なんだ。かつてそこから逃れられた人は誰一人としていない。そしてそれは、そうあるべきことだら、そういうことになっているんですよ。何故と言うなら、死はおそらく生が生んだ唯一無比の、最高の発明品だからです。それは生のチェンジエージェント、要するに古きものを一掃して新しきものに道筋を作っていく働きのあるものなんです。今この瞬間、新しきものと言ったらそれは他ならぬ君たちのことだ。しかしいつか遠くない将来、その君たちもだんだん古きものになっていって一掃される日が来る。とてもドラマチックな言い草で済まんけど、でもそれが紛れもない真実なんです。

 君たちの時間は限られている。だから自分以外の他の誰かの人生を生きて無駄にする暇なんかない。ドグマという罠に、絡め取られてはいけない。それは他の人たちの考え方が生んだ結果とともに生きていくということだからね。その他大勢の意見の雑音に自分の内なる声、心、直感を掻き消されないことです。自分の内なる声、心、直感というのは、どうしたわけか君が本当になりたいことが何か、もうとっくの昔に知っているんだ。だからそれ以外のことは全て、二の次でいい。

PART 7. STAY HUNGRY, STAY FOOLISH

 私が若い頃、”The Whole Earth Catalogue(全地球カタログ)”というとんでもない出版物があって、同世代の間ではバイブルの一つになっていました。

 それはスチュアート・ブランドという男がここからそう遠くないメンローパークで製作したもので、彼の詩的なタッチが誌面を実に生き生きしたものに仕上げていました。時代は60年代後半。パソコンやデスクトップ印刷がまだ普及する前の話ですから、媒体は全てタイプライターとはさみ、ポラロイドカメラで作っていた。だけど、それはまるでグーグルが出る35年前の時代に遡って出されたグーグルのペーパーバック版とも言うべきもので、理想に輝き、使えるツールと偉大な概念がそれこそページの端から溢れ返っている、そんな印刷物でした。

 スチュアートと彼のチームはこの”The Whole Earth Catalogue”の発行を何度か重ね、コースを一通り走り切ってしまうと最終号を出した。それが70年代半ば。私はちょうど今の君たちと同じ年頃でした。

 最終号の背表紙には、まだ朝早い田舎道の写真が1枚ありました。君が冒険の好きなタイプならヒッチハイクの途上で一度は出会う、そんな田舎道の写真です。写真の下にはこんな言葉が書かれていました。「Stay hungry, stayfoolish.(ハングリーであれ。馬鹿であれ)」。それが断筆する彼らが最後に残した、お別れのメッセージでした。「Stay hungry, stay foolish.」

 それからというもの私は常に自分自身そうありたいと願い続けてきた。そして今、卒業して新たな人生に踏み出す君たちに、それを願って止みません。

Stay hungry, stay foolish.

ご清聴ありがとうございました。

the Stanford University Commencement address by Steve Jobs CEO, Apple Computer CEO, Pixar Animation Studios
翻訳 市村佐登美

Reference: http://sago.livedoor.biz/

うーむ、なんだか奮い立たせられるものがあります。
そんな今日この頃。

william kentridgeと青空文庫

先日の事ですが、東京国立近代美術館にて開催されていた

ウィリアム・ケントリッジ
歩きながら歴史を考えるそしてドローイングは動き始めた……

william kentridgeと青空文庫 01

を見に行ってきました。
木炭とパステルで描いたドローイングから生み出されるアニメーションが非常に味わい深く、アナログならではの良さを堪能しました。
かなり気の遠くなる様な作業だと思うのですが、1コマごとに書きなおされていく過程に残る跡がなんとも不安定で心地よい。

日本で初の展覧会らしいのですが、映像作品をすべて見ると約2時間と云う、やや無茶ぶりな展示。
どーせならフィルムセンターかなんかでゆっくり見たかった気もするのだ。
自分が悪いのですが、行った時間が15時過ぎだったのでかなり慌ただしい結果となり、いささか残念ではある。

それにしてもいつも美術館に行く時は予備知識なしでふらっと行く感じなのですが、やっぱり色々と頭に入れておいた方が何かと楽しめるのであろうかと。
今回にしてみれば、アパルトヘイトの歴史問題なんか理解していると更にエンジョイできた気がするのだ。
それからゴーゴリの『』を題材にしたのとかもあり、読んでないので、半減でした。

と、云う事で早速読んでみました。ゴーゴリ。『外套』と併せて。
ドストエフスキーは大好きなのですが、ゴーゴリはなかなか読む気が起きずにずーっときていたのですが、ようやくです。
しかし、ある日、起きたら鼻がなくなっているってどんな感じなのでしょーね。

で、最近また読書熱が再発しているのですが、時代はiPadの時代です。
iPad出たら多分、買っちゃうかと思うのですが、最近の読書はもっぱらiPhoneです。
我ながら未来系な生活送っております。

william kentridgeと青空文庫 02

iPhoneのアプリで豊平文庫と云う青空文庫リーダーのアプリがあるのですが、これを入手した途端、読書の未来が見えました。
確かにiPhoneやらで本を入手して読むって事が、かつてのiTunesの如くあたりまえになる日もそう遠くなさそうです。
なにしろ、出不精のなまけものなので、寝ながら本をチョイスして、そのまま
読めるとあれば、これ以上ないくらいの贅沢です。
何を言っている、本は紙で読むのが良いのだとお叱りを受けそうですが、
要は場合に応じてって事で。本でなきゃ駄目な時もあるし、電子書籍の方がベターな場合もあるって事なのでしょうね。CDとiTunesみたいに。
Googleでも書籍内容を検索できる様になるならいと色々あるみたいですが、ユーザーの立場からすれば大歓迎です。書き手には色々あるのでしょうけども。
しかし、青空文庫はすばらしいですね。パブリック・ドメインものだけとは云え、結構な量なので、この先ずっとお世話になりそうです。
編集、校正を行っている方々、頑張って下さい。
しかし素晴らしいとは云え、これをブラウザで読む気はしないだけにiPhoneとの組み合わせが最強な気がします。

そんな今日この頃。

App Store 浸け

iPhoneのAppで"Vint Shift"と云う無料のアプリがある。
写真家の本城直季さんの風景をあたかもミニュチュアの如く撮った写真みたいに撮れてしまうと云う優れものである。
で、実際に試してみた。

Vint Shift 01

当然の事ながらミニュチュアみたいに撮りたい訳なので、高いところから撮らないと駄目なようなので、津田沼のモリシアのレストラン街の階まで上って行く。
それにしても、相変わらず閑散としている。かつてYMOがPVを撮影した場所とは思えない。
津田沼の一等地にこんな良い物件を転がしておくとは。相方さんがシネコンでも入れたら良いのにと言っていた。シネコン否定派ではあるが、確かにその通りである。

さてさて、より高いところから撮ってみたところ、先の写真よりグッとそれらしいのが撮れた。いやー、面白い。

Vint Shift 02
Vint Shift 03

そのうち、森ビルの屋上とか窓のないところで撮影したい。
それにしても皆さん色んなアプリを作るものである。凄いです。

ついでに今日の帰り道、湿気のせいか月がぼやーっとしていて綺麗だったので、ついでに。

Blur

そんな今日この頃。

Snow Leopardとサポートセンター

Appleの次期OS "Snow Leopard"が先日発表になった。
サイトを見てみると、それはそれは魅力的である。
使いたい! とは思うのだが、発売されてもしばらくは世間の様子見でインストールしないんだろうな、多分。
使えるMacが1台しかない切なさである。
Adobeものや、Digital Performer 6が使えなくなるのも困るし。

と言いつつもやっぱり欲しいので、金利0円、Snow Leopard Up-to-Dateプログラム対象の時期にMacBook Proを購入したのである。
980円(税込)でアップグレードできるとあれば、これを逃す手はない。

さてさて、Mac購入後、早速”Up-to-Date”のページから申し込みをしようとすると、何故か申し込みができない。
Apple IDでストアにログインはするのだが、何度やっても、別の日にやっても、SafariのリセットやキャッシュのクリアをしてもUp-to-Dateの申し込み画面に変わらず。

困ったな、どーしたことか。

普段は待たされたりと色々面倒なので、あまりサポートセンターは利用しないのだが、ネットにこれと云った解決策もなかったので、思い切って電話をしてみる。

女性の技術者の方に対応して貰ったのだが、先ずSafariのリセットやキャッシュのクリアを訪ねられたので、してますと答える。
更に電話口でもう一度行う。
Apple IDでログインできているかStore画面での確認。一応最初にログインはできてますと伝えたのだが、念のため。
それでも駄目なので、新規のユーザアカウントを作成し、まっさらな状態からSafariを立ち上げて申し込みを試みるもこれも駄目。
まぁ、ここまでは良かったのですが、お客様と同じ環境にしますとの事で、大分待たされる… って最新の状態でないんですか?
同じ環境になり、サポートのお姉さんの方では正常に申し込み画面になると云う。
あんまり関係なさそうだが、ログインの際のドメインをmac.comでやってみたりme.comでやってみたりしても駄目。
買って間もないのに何故ですか? と訪ねてもモゴモゴ口調で「いや、ちゃっと、困りましたね」みたいな感じでいまいちハッキリしない。
最終的に、オンラインでは無理なので、郵送でお願いしますとハッキリ言われる。
…アナログが面倒だからオンラインでやりたいのですよ。

まぁ、仕方ない分かりましたとなり、もう一件聞きたかった事があったので訪ねてみる。
始めてMacを立ち上げた時なんかに送信する登録情報をどこで見られますかと云う事を聞いてみた。
以前の登録したものもうろ覚えなので、何が登録されているかちょっとしりたかったのである。
先ず、見られますよ、Macintosh HDの中に登録情報の見られるアプリが入ってますよとの返答。
…えーっと入ってません。
「私のMacには入ってますよ」
…知りません。こっちは買ったばかりでほとんどいじってないんですが。
次に、じゃあサイトで見られますよとの事でAppleサイトへ。
サポートページの製品登録で見られますとお姉さん。
…嫌な予感、実はサポセンに電話する前にに色々探してみてはいたのだ。
あれ、ここは登録情報を送るだけですねとお姉さん。
…そこは電話する前に見ましたよ。
それからちょっと待って下さいと、しばし待たされる。
5分後、すいません、見られないですとの返答。
Apple Careのなんだかなんだかってのじゃないと見られないのだそうだ…
登録させて、IDも持っているのに見られないのですねぇ。
なんだか変な話である。

うーむ、散々待たされて解決なし。約1時間半に及んだのだが、こんなとこで怒っても仕方ない。
別にお金取られている訳でもないし、向こうは一緒に考えてくれているし、
まして技術者と云えど万能ではないのだろうと思ったので、とりあえずはどうも有り難うございましたと電話を切る。

…と理解のあるフリをしてカッコつけてみたものの、全く解決していない事に腹が立っている訳ではないのだが、なんだかモヤモヤが残ったので、こーして起こった出来事を綴っている訳である。
それでもMac好きは変わらないですけれども。

それから、どーしたものか、相方さんの家のMacより同じ手順を踏んでみるとあっけなく手続き終了。
相方さんのはOS 10.4.11のSafariが4.0、うちのがOS10.5.7にSafariが4.01
となんでしょう、OSの問題なんでしょうか? そんな馬鹿な。
まぁ、なんだかよく分からないが無事申し込めたので、良しとしたい。

なんだかなぁと思う今日この頃。

新しいハブ

先日のMacBook Pro 13”購入に伴い新たに米moshi社製のハブ"iLynx"を導入。
いままで3台のHDDをFireWireで直列接続していた訳だが、更にオーディオインターフェイス、
iPod用のDockまで繋いでいたので、さすがに無理があると思った為である。
HDDが1台の時はHDDの電源を切っていてもDockでiPodの充電ができたのだが、追加でLaCieのHDD x2台を繋げてからは何故か電源入れてないと充電できなくなった。なんでそうなのかはよく分からないが、よーするに繋ぎすぎなのでしょうか?
それはともかくとして、電源周りもなんだかゴチャゴチャの状態なので、電源供給ができるiLynxのお陰で大分スッキリする。
以前、iPhoneを電源供給のないハブに繋いだところ、iPhotoが起動したり閉じたりのとんでもないトラブルに見舞われた事もあるので、単純にポートが増えただけでも大助かりである。
それにしても妙な形であるが故か箱も同じく妙で開けるのに大分苦労した。
しかしMacの横に追いてしっくりくるデザインは嬉しいところである。詳細は以下より。

moshi – iLynx
http://www.moshi-shop.jp/group_detail_m.cgi?group_id=090217

MacBook Pro 13″

MacBook Pro 13"

ついについに、買ってしまった。
念願の新しいMac。
13″ / 2.53 GHz Intel Core 2 Duo / メモリ 4GB / 128GB SSDでもちろんの
US キーボード。
ついでにワイヤレスのマウスも買っちゃいました。
支払いが不安なばかりではあるけれども、今はもう嬉しさの方が完全に
勝っている状態ではある。
思えば、これまで使っていたチタニウムのPowerBook G4 / 1GHz は
一体何年使った事やら。一度なんかApple Storeの人に見た事ない故障だと
言われ修理に出して、瀕死の状態から復活し、更に数年よく頑張ってくれました。
チタニウムの方は10.4.11でまだまだ現役で行けそうなのですが、如何せんファンの
音が異常な大きさなので、音楽制作的には引退です。
まだまだ色んな場面で使うとは思うけれども、いやはやここまで持ちこたえてくれて
感謝するばかりである。
個人的には本当に愛すべき名機です。

さてさて、新しいMacはと言うと、もう快適そのものである。
まずはソリッド・ステート・ドライブ(SSD)の音が静か過ぎるのに感動。
今までのカタカタ音はどこへやら。
うるさいファンの音に慣れていたので、ファンの静かさにもまたまた感動。
キーボードの左上あたりがもの凄い熱い事を除けば完璧に近い気がします。
アルミの15″、17″あたりはボディが歪むと色んなところに書いてあったので、
迷わず13″にしたのだが、それほど小ささも気にならず。
キーボードもなんだかとってもオシャレな感じになっている。moshiのキーボード
カバーもついでに買ってしっかりセット。

2日くらいで、ようやく通常の環境に戻ったが、いやはやバックアップのし忘れ
などを新しいMacにHDDを繋ぎ終えてから気づいたりと散々であった。
セットアップのリストを作っておくものだと痛感する。
何点か困った事は、いまいちメールのバックアップが上手く行ってない事と、
外部のHDDに関して。
HDDにcom.apple.mail.plistやライブラリ/Mailフォルダのバックアップを行い、
新しい方で読み込ませたは良いが、Sent Messages.mboxの中身が全部入っていない。
あれこれやってみるも未だ改善せず。早くやらなくては。
外部HDDに関しては、現在Lacieの250GB x1とLacie 500GB x2を使用しており、
250GBの方をFireWireで繋ぎ主にiTunes用に、500GB 2台をUSBで繋ぎバックアップ
用にしている。当初はFireWireで全部繋いでいたのだが、更にオーディオインターフェイス
も繋げており色々と問題が多かったので、今回から分ける事にした。
分けたのは良いのだが、500GBの方が何やら困った事になっている。
FireWireでもUSBでも接続解除しようとすると、
“ディスク’hoge’は使用中の為取り出せませんでした。アプリケーションを終了しもう一度
やり直して下さい。”と出るのだが、アプリケーションはすべて閉じている。何故だ?
現在色々と調べているが、未だこれといった解決方法を見出せていない。
いちいち再起動するのも面倒なので、早く解決したいものだ。

とにもかくにも、上手く使いこなせてこそである。
そんな今日この頃。

iPhone!!

iPhone

念願のiPhone 16GB(黒)をついに入手しました。
ずっとNOKIAのオンボロ702NKで凌いできたんですが、
年も変わった事だし、一括で払わなくても良いみたいだしって事で
よーやくのゲット。

それにしても、もともと携帯は多様しないのではあるが、iPhoneは
暇つぶしに最適な無駄アプリが山ほどある。多分、3日くらいで飽きちゃいそう
なのだが、いまのところは振ったりなんだりして楽しんでいます。
ライトセーバーのやつとかにはまっとります。

結局、パケット代とられちゃうのは何となく馬鹿らしいので、程々には
してますが、今から請求がいささか怖い。
メールの概念も携帯とは違うみたいなんで慣れるのに時間がかかりそう。

とにもかくにもしばらくは遊び倒そうと思う今日この頃。

久々のお買い物

いやはや、こー極貧生活が続くとたった数万円の買い物でも一大決心が
必要なもので、今回の買い物も半年想い続けての出費でした。

使用中の愛機、PowerBook G4が数年前よりへたり続けで瀕死の状態の上、
バックアップ用のハードディスクもいつ逝くかと不安な毎日だった為、
ついにLACIEの500GBのハードディスクx2を購入。

何せPowerBookの方がiTunesのデータで一杯な状態で残り3GBくらいの
状況でだましだましやってきたのだが、バックアップ用のハードディスクが
飛んだら作った曲のデータやら何やらがすべてオシャカとなるので、
ここは思い切ってと云う事で今回に至る。

iTunesのデータを外付けのハードディスクから読み込む様にしてPowerBookを
軽くしたら少しはサクサク動いてくれる様になれば良い。

と云うか早く新しいMacが欲しくてたまらんのだが、いつになる事やら。
あぁ、CS4も欲しいなー。

データの管理って大変だなぁ〜と感じる今日この頃。

続・Mac OS X 10.4とタダソニと横浜

いやはや今週もやたら歩きました。

土曜にはもはや毎年恒例化しているタダソニへ。
今年はジザメリ観たさに2日目に行きたかったんですが、時すでに遅くフジに続きまたしてもチケットを買えず。今回は当日券も出ない感じだったので、仕方なくぶらぶらと1日目に参上。と言っても何を観たいってのもなかったので、夕方くらいにカルフールで食料調達の後、ビーチステージ方面へ。

'08 Summer Soni

ぼ~っとビールを飲みつつ、眺めつつで、雰囲気だけ味わう。
マリンスタジアムの方でヴァーヴが演奏している感じだったので、誰もいない隣の公園で、ちょろっと聴く。
それから後、ふらふらしているといつの間にメッセ外にいたので、家まで8~9kmくらいの距離をとぼとぼ歩いていく。
今年はあんまり収穫がなかった感じではある。

それから昨日は横浜観光してきました。前日にN響を観ていたら、横浜特集みたいのをやっていたので、関内の歴史ある建物目当てに今回もまた突然の決意。

桜木町下車でまずは赤レンガ倉庫に久々に訪れる。買い物目当てでもなかったので、さらっと通り過ぎた後に大桟橋へ。こちらは初めて行ったのだが、いやまぁ、アーバンな作りで素敵でした。大桟橋から関内方面への町並みも素晴らしい。それから神奈川県庁やら開港記念館等を眺めつつ、中華街方面へ。

Yokohama China Town

中華街は小学校の時以来で、記憶もあやふやな上、例の如く下調べもして来なかったので、結局適当な肉まんを頬張りつつ、タイムリーに中国っぽいのを堪能す。
それから夕暮れ時の山下公園にて一服の後、港の見える丘公園を目指し結構急な丘を上る。眺めは見事なものであった。苦労して上った甲斐はある。
隣のゲーテ座に入りたかったが、閉館時間をとっくに過ぎていたので、外人墓地を一瞥の後、山手の豪邸街へと行く。先週に引き続きハイソな場所に足を踏み入れる。とても同じ人間が住んでいるとは思えないのである。
フェリス女学院前を通った後に丘を下り、石川町駅より横浜へ。
せっかく横浜に来てラーメンを食べていなかったので、これまた駅周辺を歩き倒すが、辿り着いたとこはあまり満足できるとは言い難い感じであった。
そんなかんなで、この日は12~3kmくらい歩きまわる。さすがにサンダルでは無理があったか、足はパンパンである。
しかし、まぁ、歴史の重みが違うんですかね、千葉とは。綺麗なもんがいっぱいありました。

Yokohama Motomachi

そんな今日この頃。歩くのが楽しくて仕方がない。

それはそーと、よーやくTigerをゲットしました。
インストール作業も順調そのものでした。FireFox3の使いやすさに嬉しがってます。