映写と云う仕事

新・習劇 第15回 『映写と云う仕事』
「銀紙通りますー」

映写と云う仕事がある。その名の通り、映画を映す仕事の事である。
今でこそ、機械が全自動になってしまった事もあり、映写の人間の地位は下がる一方だが、昔は花形の職業だったそうな。
全自動になったとは云え、フィルムの扱い一つとってもセンスがいるし、ある程度、機械の事も分かっていなければならないので、昔ほどではないが専門職である筈なのだ。
その辺りが、劇場関係者でも分からない人は多い。

20代の大半を劇場にて勤務していたが、先の事を考えると不安で仕方なかったので、職種を思いきって変えた訳ではあるが、実際のところは未だに映写を続けている。
劇場で働いていないのに、どう云う事かと云うと、当然の如く世の中で映画を映す仕事は映画館だけではない。
試写会や、イベントなどで映写をする出張映写と云う仕事があるのだ。
自分が主にやっているのは都内某所で度々行われる試写会の映写である。

劇場の映写と出張映写の最も大きな違いはひとえに映写の仕方である。
と、かなり漠然とした言い回しだが、確かにその通りである。
通常の映画のフィルムは2時間の映画で大体、7~8巻くらいで配給から届く。
劇場は、その7~8巻を全部繋げたり、ハコによっては2台の映写機で映写する為に予告+3巻、4巻みたいに2本にまとめたりする。
こっちの映写機から向こうの映写機へ切り替えたりするのに、映写されているフィルムの所定の位置に貼られた銀紙をセンサーが読み取り、別の映写機が自動でスタートしバシャっと切り替わるのだ。
この銀紙と云うのは色んなところで応用されるもんで、しかるべき位置に貼り、センサーに読み込ませる事で映写を開始したり、終わらせたり、音声を変えたり、レンズを変えたり、タイマーと連動したりと云った事が自動でできる。かなり大雑把な説明だけれども。
大体の劇場はこんな感じで自動で映写している。極論を言えば正常に作動していれば一日寝てても自動でスケジュールをこなしてくれるのだ。
この辺りが映写の人間を軽視する一番の理由な気がするが、実際問題として慣れない売店の子にプリントが切れて映写機が止まった、とか、突然音が出なくなったと云う時に対処できるかは疑問である。もちろん映写の人間でも完璧にトラブルを処理できる訳でもないけれど。
とこんな感じで最近の劇場は運営されている…と思う。

で、出張映写の話。現在、某団体に所属し、試写会の映写の仕事をWeb制作の合間を縫って行っている。
この出張映写と云うのはその日限りなので、劇場と異なり、繋げたりする事がないのだ。
つまり、7~8巻のものを2台の映写機で交互に映して行く。
とにかく失敗が許されないのだ。全部繋げてしまえば、フィルムが切れたりする事のない限り安心なのだが、試写会の場合はそうは行かない。今日使ったプリントが明日は別のところへ、なんて感じなので、いちいち繋げてられないって事で、要するに"玉掛け"している訳である。

現在、主に行っているところでは、一応、万が一の事態に備えて巻終わりに銀紙を貼っている。
大体、2人1組で映写する訳だが、そこで切り替わる際に相方さんに声を掛ける訳である。
「銀紙通りますー」
とりあえずは銀紙を貼っているので、自動で映写機が動き出す訳だが、もし動かない場合は即座に映写機をスタートさせる。つまり、銀紙が通るのを気にしつつ、画面上のポイント(巻末に右上に出てくる黒丸や白丸の印)に合わせて映写機を動かす。
このタイミングが遅れたりすると、今映っている方のテイル(絵が消えてしまっている部分)がスクリーンに映ってしまったりと、大変みっともない事になる。
このくらいでは配給さんからそんなに怒られる事もないであろうが、映写機を止めちゃったりしたら最悪である。損害賠償やら何やら大変な事になるのだ。
運が良い事に、自分はいままでに大きなミスはないのだが、中にはフィルムを表裏逆に掛けちゃったりなんだかんだしている人もいる様である。そう云う話を聞く度に気をつけようと思うのだ。

ちなみに以前、S○○Yの試写室なんかでやらせて貰っていた時には、銀紙を貼る事もなく完全に手動であった。ポイントを見逃したら最後、大失態である。
最初はドキドキものであったが、慣れてくると銀紙を気にしなくて良いし、何より最初に貼る作業がないので総体的に楽である。
手動でやっていると映写してるなぁと云う気分にもなるのだが、最近はS○○Yの仕事も回ってこないので残念ではある。

そんなかんなで、意外とプレッシャーのある映写の仕事。
この仕事で食べて行ける時代でもないので、いつまで続けるかは分からないが、
やっぱり好きな仕事ではある。やれるだけやりたいものである。

Projector

新習志野劇場

このブログを始めるずっと以前より、@niftyのココログで"新習志野劇場"と
銘打ったブログを運営していた。
今はなき我が地元の習志野劇場を偲びつつ、観た映画やら本やらの感想をずらずら
述べる場として活用していたのだが、如何せん"dark side of otom"のブログを始めて
からはすっかり放置気味になっていた。

昨日、なんとなく久々にいじってみようかと思ったら、何故かログインできない。
いままで問題なかったのだが、どうやら6/30付でログインの仕方が変わったのだと云う。
と云うかそれ以前の問題で、そもそも自分でそれ専用のIDを取得していたらしくログイン
できないのも当然であった。
こう云うものはこまめにメモしておかないと駄目であると痛感する。
擦った揉んだの末、晴れてログインしてみたは良いが、niftyのIDを2つ使い分けるのは
少々面倒な気がしたので、ココログの方を閉める事にする。

と云う訳で"dark side of otom" (※現在はotom in web – blog)に移植の運びとなったのだが、
探し足りないだけかもしれないが、ココログにファイルのエクスポート機能がないらしいので、
自力で行う。なかなか面倒な作業であった。

新たなカテゴリで"新習志野劇場"を新設してはみたものの、"dark side of otom"で
散々映画の事とか書いているのでなんだか中途半端な感じではある、が、
どちらにせよ、別に大した事は書いてないので細かい事を気にするのはやめよう。

そんな訳で気が向いたら更新しようと思う今日この頃。

新習志野劇場
http://www.otom.co.uk/blog/blog/category/shin-narashino-gekijyo/

白痴

新・習劇 第14回 『白痴』
「マリィが歌ったぞ!」

いまさらであるが、ドストエフスキーの『白痴(新潮文庫)』を
この3ヶ月の間読んでいた。
正直『カラマーゾフの兄弟(新潮文庫)』や『罪と罰(新潮文庫)』の方が
面白いと私は感じる。
ドストエフスキー自身はこの作品がお気に入りらしいのだが。
しかし、無条件に美しい存在として描かれた「ばか」と
呼ばれる青年が普通の人々の間に投入されると云う設定は
面白いと思う。
実際キリストさんみたいなのが、いきなり職場やらなんかに
現れたら何事もおこらないでは済まなそうだし。
自分達と極端に異なる性質を持つ人間を異端児と見てしまう
我々の性って切ないと思うのだ。

読み終えたと云う事で、黒澤明版の『白痴』(’51)を久々に観る。
なんと、まぁ、原節子(那須妙子)の顔がいつ観ても凄い。
そんなに過剰に引き攣らなくてもと云った感じである。
これが絶世の美女として描かれているナスターシャ・フィリポブナ
かと思うとややげんなりする。
那須妙子=ナスターシャ・フィリポブナ
う〜ん。
亀田欽司=ムイシュキン公爵
綾子=アグラーヤ
う〜ん。。。
レーベジェフが左卜全ってのもウケる。
三船のロゴージンはハマり役な気がする。

この流れで、『生きものの記録』(“55)もついでに観る。
個人的には圧倒的にこちらの方が面白い。
どう考えても三船のじいさん役より志村喬の方が年上に見える。
東野英治郎の胡散臭そうなブラジル焼けと言い、
内容以外でツッコミどころが多いこの作品。
最後の中村伸郎扮する精神科医が言う台詞、
「狂っているのは、あの患者なのか、
こんなご時世に正気でいられる我々がおかしいのか。」
なんとなく『白痴』とリンクしていないでもない。

Yo La Tengoと大友良英

新・習劇 第13回 『Yo La Tengo と 大友良英』
「ライブ三昧」

先週の出来事。1週間に2度のライブに行く。

まずは19日にYo La Tengoを観にO-Eastへ。
久々の渋谷。人嫌いでもたまに来ると非常に楽しい。
Tower RecordsでWilliam BasinskiのCDを相方さんに買って貰い
ウキウキ状態になりつつ辺りを闊歩する。

開演ギリギリにC君と合流し、いざ会場へ。
Summer Sun』のツアー以来である。
前日のクラムボンとのライブがあったせいか、
なんとも全体的にテンションが高い。
主に新譜からを中心に演奏し満足の2時間半。
相変わらずファンサービスはよろし。
毎度オープニングは意表を突くが、今回は『Our Way To Fall』から。
本編も当然素晴らしいのだが、個人的にはアンコールで演奏した
『Tom Courtenay』が良かった。
アイラ、ジェィムズがギターでジョージアが歌うアレンジは初めて観る。
会場の雰囲気も良かった。
Fakebook』から『Griselda』と珍しい曲もお披露目。
『Blue Line Swinger』と『Autumn Sweater』は今回はなしで
非常に残念である、他の日に演奏していたらしい。
前回は両方やってたのだが。『Deeper Into Movies』あたりで長めな
曲が多かったのでやらない予感はしていたのだけれども。
そんな感じの今回の来日はそれでも満足。
時代が変わっても飽きがこない数少ないバンドの一つである。
Fuji Rockあたりにまた来そうである、10年ぶりに行くのも悪くないと
思う今日この頃。

そして23日には大友良英の『幽閉者』のサントラ発売記念ライブへ。
行きたがっていたら、相方さんが連れてってくれました。
雨の浅草はアサヒ・アートスクエアにて。
高速からも見える川沿いのウ○コの乗った建物です。
初めて行く場所なのだが、なんともアーバンな建物でおあつらえ向きと
云った感じである。
監督の足立正生と大友良英、佐々木敦によるトークショーから始まり、
ジム・オルークやらが混じった総勢6名によるライブ。
『りんごのテーマ』から始まったものの、だいぶ発展した形の内容。
各人が色んな音を出力し、観ても楽しめるものであった。
音響装置も一風変わっており、場内中心に地べたに座るお客さんから
サークル状に、演奏者、6面スピーカー、客席、またスピーカーと
まさに音の渦と云った感じで非常に感銘を受ける。
それにしてもジム・オルークが大変オッサン臭くて微笑ましい。
しかもあくまでも控えめな態度がまた好感触である。

その後、久々の浅草を堪能する。
相変わらずである、21時以降の浅草ははっきり言ってサイテーである。
やっぱり路上で倒れている人もいたし、パンスケも健在。
移動式の家を寒空の下で押して行く人、人、人。
なんでだか生命力の強い彼等。
楽しみにしていたラーメン屋の万豚記が潰れていたため、
耐えきれず早々に脱出。よく通っていたものである。

活動的な1週間であった。

Kingdom

新・習劇 第12回 『Kingdom』
「いつか霊を見られるようになる。」

Kingdom

キングダム』(ラース・フォン・トリアー監督)を3週くらいに分けて観る。
数年ぶりに観たのだが、いつ観ても出産でウド・キアーが出てくるところで笑う。
ゴシック・ホラーらしいのだが、笑いと皮肉の要素が大半を占めている気はする。
デンマーク版『ツインピークス』と当時は騒がれていたが、ギャグだけなら圧倒的にこちらが優位である。
デンマークに対し以上なまでの対抗意識を燃やし、己の医療ミスの証拠隠滅に奔走するスウェーデンからきた医師。
仮病で入退院を繰り返し、病室で降霊をする心霊マニアのおばさん。
病院内で実験用のネズミを標的に銃をぶっ放す熟女医師。
地下で謎の太鼓治療を行う精神科の医者、しかも無許可。
その精神科に入り浸り、自身のエロ本収集の趣味を復活させてしまいブロンズ製の性器を手に院内を練り歩くあわれな医師長。
巨大な癌腫瘍を欲望の果てに己の体に移植し、その腫瘍を食べられてしまう可哀想な研究医。
毒を盛られて臨死体験をし、頭がおかしくなった、頭の良い医師(調達屋)。
悪霊を父親に持つおっさん顔の赤ちゃん。
など例を挙げたらキリがない。こんな皮肉めいたキャラ設定ができるラース・フォン・トリアーが一番、あたまがおかしい。

そう言えば3rdシーズンはどうなっている事やら、こんなに気になる終わり方で放置と云うの珍しい。ヘルマー医師役のエルンスト・フーゴ・イエアゴーが亡くなったので完結編は延期らしいと云う話は聞いた事があるのだが。
しかし、今回見直してみてこれで終わりでも良い気もしている、薄い氷の上でバランスをとっていた人々がバランスを崩して冷水へと落ちる。
「もうすぐ、かつてない悲惨な惨劇が起きる」で終わるからその通りなのであろう、この先起きるであろう惨劇の一部は既に出ているので、あえて結末を描かずともと思うのである。それにしても急降下するエレベーターに乗っているドルッセ夫人は死なないんだろうな、多分。なにしろ乗っている飛行機が墜落しても平然としていたくらいなので。

ちなみに家の近所には昔、国立習志野病院と云うものがあり、戦時中は結核の療養所だったらしいのだが、建物がまさにキングダム病院のようであった。自衛隊やら陸軍駐屯地なんかも近所にあったので、恐らく広大な地下施設あったのではないかと思われる。地中深くで本当に黒ミサでもやってそうな雰囲気だったのだ。探検しに行く前に立て替えされてしまったのは非常に残念である。そして私の生まれた病院でもある。

それはそうと埋めた筈の生首が、いかなる経緯で黒魔術集団の手に渡ったか気になるところである。
…五年後くらいにまた観ようかと思う。

昨日は節分。久々にアウトバックにステーキを食べに行き、夜には北北西を向いて丸かぶり寿司も食べました。満足な一日であった。

再び”キングダム”の世界に戻る際には、善も悪もあることを心得よ。

戦場のメリークリスマス

新・習劇 第11回 『戦場のメリークリスマス』
「おまえは悪魔か。」

凄い好きなのにDVD買っていない数多くの中の1つ、
戦場のメリークリスマス』を久々に観る。1月なのに。
毎度の事だが教授が扮するヨノイ大尉が素敵である。
戦場なのに『アラビアのロレンス』のピーター・オトゥールばりの
アイシャドーがなんともモード系です。嫌いではない。
’80年代に大人でいたかったとしみじみ思います。
トーキング・ヘッズかモリッシーばりのダボダボなジャケット着て、
パルコを闊歩したかった。
デビッド・ボウイと教授と主題歌はデビッド・シルビアンで
ニュー・ウェーヴしてるから好きなのだなぁ、この映画。
教科書問題云々と世間では騒がれているけれども、
この映画なんかの方がよっぽど勉強になる気がするのだ。
馬鹿ではないが盲目であった日本がきちんと描かれているし、
お国に左右されない個人の評価などが描かれている。
2・26で死に遅れたヨノイみたいなの
や感化されやすい若い将校やら、兵士みたいなのは多く存在していたのではとも感じる。
それが故に悲惨なのだと思うのだ。
実際その時代に生きていないので知らないけれども。
トム・コンティ扮するロレンス言う、
「お前らの汚れた神のせいだ」
と、国を否定する気はさらさらないが、それも事実である。
隣人を愛する事はムズカシー。

それはそうと、このところ立て続けに太平洋戦争ものを観ており、
切腹シーンをよく見る。
ハラキリのシーンは数多くあれど、やっぱりすごいのは
日本のいちばん長い日』の三船かと思われる。
介錯のいらんハラキリほどのド根性は私にはない。
せいぜい戦メリの中で、カマ堀りの汚名を着せられた軍属くらいの
切腹しかできんであろうと思う、もしくはそれ以下か。
誰かおすすめのハラキリあったら教えて下さい。

と、云う事で大島渚繋がりで『新宿泥棒日記』が久々に観たい。
うちの近所のレンタル屋には置いてないのです、
そもそもDVD化されているのか?
愛のコリーダ』でも観るか。。。

菊の御紋の入った恩賜の煙草を吸いたい。

男はつらいよ 寅次郎紅の花

新・習劇 第10回 『男はつらいよ 寅次郎紅の花』
「バター!」

一昨日ぐらいの読売新聞に寅さんの遺作についての山田洋次の
記事が載っており、そして昨日偶然にも衛星劇場にて放送していたので、
男はつらいよ 寅次郎紅の花』(48作目)を観ました。

毎度の事ですがリリーのドラマティックな変貌ぶりはもの凄いです。
しかし、昨日は寝起きで観たせいかなんとなく綺麗に見えてしまった。
割と嫌いじゃないんです、ああ云うキャラは。
そして『寅次郎忘れな草』(11作目)のリリーが『漂流教室(小学館文庫)』の女番長に見える。

気になったのは吉岡秀隆と田中邦衛の微妙な共演。
南の島なのに北の国からに見えてくるのは私だけでしょうか?
田中邦衛が出て来ただけでひろしとさくらがお兄さんとお姉さんみたいに
見えてきてしまう。
それにしても、しみったれた役柄の多い吉岡君。『Drコトー』も観ましたが
そろそろ強気な役も観てみたい。
そして倍賞千恵子ってflip flapに似てますよね、かなりツボです。

もうすぐ正月です、最近凧上げなんか見ないですね。
公園でキャッチボールもできないご時世なので厳しいのでしょうか。
もはや寅で描写される正月が異次元の如くなってしまっている気がします。
あの感じは結構好きなのですが。雑煮が食いたい。

ちなみに寅は20本くらいしか観てないと思うのですが、
やっぱり森崎東のやつが好きな邪道な私です。

そう言えばロバート・アルトマンが亡くなりましたね。
M*A*S*H観ませう。合掌。

交響曲 第9番 ニ長調 作品125《合唱》

新・習劇 第9回『交響曲 第9番 ニ長調 作品125《合唱》』
「ああ友よ、そんな調べではだめなのだ。」

師走。
生まれて初めてのクラシックコンサートに行ってきました。
当然『第九』です。
金銭的な問題もあり、地元の習志野文化ホールで催された演奏会に行くのが一杯一杯でした。
ニューフィルハーモニーオーケストラ千葉、
指揮は結構有名人らしいのですが、現田茂夫氏、
習志野第九合唱団ほか…で演奏されました。

CDで聴くだけでこんな召されるのであれば、生はどうだと云う事で足を運んだ訳ですが、実際は正直物足りなかった気はします。
オケはプロらしいのですが、合唱はお年寄りが多くいまいち迫力に欠け、ヴィジュアル的にも切ない。そして何よりも第四楽章の合唱が見事にバラバラでした。若者中心に構成されたのだったら、さぞかし迫力があったのであろうかと思われます。帰宅してからベルリンフィルとカラヤンのものと聴き比べてみましたが、さすがに雲泥の差でした。
けれどもやはりライブの音圧を楽しめたのはよろしかったと思います。

相方さんの隣の席に座ったおじさんは小声でエンドレスに「うーんっ…うーんっ…うーんっ」と唸っていたらしく、だいぶ不愉快だった様です。

ツィゴイネルワイゼン

新・習劇 第8回 『ツィゴイネルワイゼン』
「おじさんのお骨を頂戴。」

先週の話ですが、鎌倉へ小旅行に行ってきました、
地味に『ツィゴイネルワイゼン』ツアーをしに。何故か今。
相方さんには悪いが、行き当たりばったりな私によく

付き合ってくれていると思います。
ツアーと題しておきながら、どこに何があるとかのリサーチは
まったくしない上、宿も予約しない始末。
前日の夜に横浜の安ホテルに一泊したのだが、さすがは大都会横浜、滅多に行かないせいかどこに何があるのかさっぱり分からなかったが、なんとか寝床は確保。最近のホテルはプレステあるのね。
翌日は北鎌倉経由で鎌倉を目指す。

一番の目的は『ツィゴイネルワイゼン』に出てた切り通しであったのだが、どうやら鎌倉には七大切り通しなるものがあるらしく、当然下調べもなく見つかる訳がない。
それでも思い込みとは怖いもので、何故か北鎌倉にあるだろうぐらいで、一日歩き続ける。
まずは切り通しがありそうな源氏山へ。険しい山道を2人、コンバースで無理矢理登頂。切り通しも規模は小さいものの、立派のものでした。その後、何故か散々遠回りして銭洗弁財天へ。少ない所持金を水で清めてみる。
しかし鎌倉には豪邸が多い、門から屋敷までやたと距離のある家なんかがやたらとある。羨ましい限りである。
途中一休みして、昼からビール。幸せこの上ない。
最後は鶴岡八幡宮で『ツィゴイネルワイゼン』のごとく締める。

結論、旅って疲れますね。
ちなみに『ツィゴイネルワイゼン』の切り通しは釈迦堂の切り通しと云うらしく、現在は通行止めなのだそう。

次回はヴェンダースばりに小津さんの墓参りでもしようかと思っております。

カラマーゾフの兄弟

新・習劇 第7回 『カラマーゾフの兄弟』
「パイナップルの砂糖漬けが大好きなんですもの。」

何度目かの「カラマーゾフの兄弟(新潮文庫)」を読んでおり、本日読み終えた。
去年の終わり頃に聖書を読み始め、初めて聖書を経て読んだ今回はいささか理解も深くなった気はする。
相変わらず、ゾシマ長老の言葉には頭が上がらないし、「反逆」〜「大審問官」の章では何度でも圧倒される。
不遜であったり、批判的であったり、冷笑的な人間になりたくはないと日々思ってはいるのだが、なかなか意思の弱さを克服できない今日この頃。まだまだ修行が足りんと思うのである。

で、ドストエフスキー占いと云うのがあったのでやってみた。
ちなみに結果は、

イワン・カラマーゾフ型のひきこもりです。つまり天才的ひきこもり。
悪魔の出現に注意しましょう。

だそうです。